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1月2018

[こころのライフワーク]Vol.01
〜人間として生まれたことに感謝する〜

人間として生まれたことに感謝する


ご好評いただいている天が瀬メモリアル公園のコラム『天が瀬便り』。新シリーズは、光明寺住職・大洞龍明著『こころのライフワーク』(主婦と生活社)から連載して参ります。皆さまの人生がより豊かになりますよう、お手伝いできましたら幸いです。


盲亀浮木―― 人一人の誕生は奇跡である

仏教に盲亀浮木(もうきふぼく)、という言葉があります。

「人間としてこの世に生まれてくるのは、奇跡といってよいぐらいにまれなこと」とするたとえです。大海原の底に目の見えない海亀が、百年に一度、海面に首を出します。その時、たまたま浮木がただよっています。その木には穴があいています。百年に一度、海面に首を出した目の見えない亀の首が、偶然にも浮木の穴に入る。いまの言葉でいえば確率というのでしょうか。人一人の誕生はそれぐらいの、奇跡といってよいぐらいのことなのだと、仏教では教えられています。

とはいえ、私たちは普段、そうしたことに思いを寄せることはあまりありません。時に「産んでくれと頼んだおぼえはない」と恩知らずなことをいい、人間として生まれてきたことを当然のことのように思っています。

ある看護学生が遭遇した、命の選別の現場

 私が住職をしている光明寺(岐阜県岐阜市)では、毎秋、秋安居を行っています。安居というのは仏教用語ですが、一般に同信者が集まって勉強をする研修会のようなものです。私どもの秋安居では、参加者の皆さんが一人ずつ法話を発表するのが恒例となっています。

ある年、参加者のOさんが人の誕生にまつわる法話をしてくれました。Oさんは、もとは看護婦さんでしたが、お医者さんと結婚され、その後も勉強を重ねて、いまはカウンセラーの仕事をなさっている方です。これからご紹介するのは、そのOさんが若き日に、まだ看護学生であった時に直面したお話です。

その日は産婦人科の実習。新生児室に入ると、生まれたばかりの赤ちゃんがいっぱいベッドに並んでいます。「かわいいなあ」と思っていたその時に「学生さん!」と指導の看護婦さんに呼ばれます。あとは手元に残されている法話原稿を引用させていただきましょう。

「その分娩室では、一人のお母さんがお産をしていました。でも何か雰囲気が変でした。たしかにお産は苦しいものだと思うのですが、自分がこれから子供を得る喜びを思うと、苦しいながらも幸せな温かい雰囲気があってもいいはずです。しかし皆、言葉かずがまるで少なくて、お母さんにも、お医者さんにも、看護婦さんにも全然明るさがない。しかし私は次の瞬間に、その理由をはっきり知らされました。生まれてきた赤ちゃんは、目の上から頭のない無頭児だったのです。(略)他の赤ちゃんとは全く違う声、猫の声がつぶれた ような低い声で泣いていました。そして、そのままお母さんに抱かれることもなく、冷たい、銀色をしたアルミのお盆にのせられて、そしてお盆ごと大きな黒いビニール袋に入れ られ、離れた部屋の処置台の上に持っていかれたのです。赤ちゃんはギャーギャーと、つぶれた声でしばらく泣き続けて、黒いビニール袋の中で手足をゴソゴソと必死に動かしていましたが、やがてその声も小さくなって、手も足も動かなくなって、その本当に短かった命を、数十分のうちに断っていきました」

命をいただいて生きている

 脳死の判断の基準をどうするかの問題、安楽死の問題、末期医療での延命の問題、さらには小中学生の相次ぐ自殺やいじめの問題、がんとどう向き合うかという問題 ―― 。Oさんはこれらのことが問題提起されると、いつもこの不幸な新生児の生と死の姿を思い出すと話してくれました。

新生児が親と医師によって、生命の“価値判断”をされて、その命を奪われています。「本当に非情にも、数分後にはすぐ隣の部屋で、元気な赤ちゃんが元気なうぶ声を上げて、この世に誕生しています」。Oさんもまた盲亀浮木という言葉に思いを馳せます。そして、法話をこう結びます。

「産んでくれた親にもっと感謝し、人間として生まれたことに感謝し、そして奇跡的に今、命をいただいて生きている私たちは、そうできなかった人の分、子の分まで頑張って生きなければならないのです。そこのことを忘れず、命を、その命のもつ可能性を大切にして生きたい」

Oさんの法話は、平成八年の秋安居で発表されたものです。また、Oさんが看護学生であったのはそれよりもさらに前の話ですから、病院の対応の仕方は今とは違っているかもしれません。それでも、生命の“価値判断”をされて、その命を奪われている新生児がいるという事実は、今も変わりないのでしょう。Oさんの法話に、みなさんはどのような思いを抱いたでしょうか。今、この瞬間、人間として生きている。その奇跡に、改めて思いを馳せてみていただければと思います。

次回は、Oさんが言うところの「命のもつ可能性を大切にして生きたい」を、どうすれば実現できるのか考えてみたいと思います。


jyushoku【著者略歴】
大洞龍明(おおほら たつあき)
1937年岐阜市に生まれる。名古屋大学大学院・大谷大学大学院博士課程で仏教を学ぶ。真宗大谷派宗務所企画室長、本願寺維持財団企画事業部長などを歴任。現在、光明寺住職、東京国際仏教塾塾長。著書に『親鸞思想の研究』(私家版)、『人生のゆくへ』(東京国際仏教塾刊)、『生と死を超える道』(三交出版)など。共著に『明治造営百年東本願寺』(本願寺維持財団刊)、『仏教は、心の革命』(ごま書房刊)がある。


[こころのライフワーク]プロローグ
~第二の人生を送るための準備~

第二の人生を送るための準備


ご好評いただいている天が瀬メモリアル公園のコラム『天が瀬便り』。新シリーズは、光明寺住職・大洞龍明著『こころのライフワーク』(主婦と生活社)から連載して参ります。皆さまの人生がより豊かになりますよう、お手伝いできましたら幸いです。


人生をいかに成就させるべきか

定年退職後の人生をどのように歩むべきか――。

50代、60代になり、このような悩みを抱えている人は多いでしょう。テレビや雑誌では、第二の人生を謳歌するための一つの案として、趣味を持つことやボランティア活動に尽力することが推奨されています。高齢者同士が結集して新しい事業を起こしたケースが紹介されることもあります。

私はこうした報道を見るたびに、「趣味やボランティア、あるいは第二の仕事をすることで、果たして真の満足感、日々の充実感がもたらされるものであろうか」と疑問に感じていました。

趣味やボランティアに明け暮れる生活を、悪く言うつもりはありません。若い頃には持ち得なかった自分の時間と、贅沢をしなければ夫婦2人が食べていけるだけの蓄えとがあり、趣味やボランティアに精を出す――。こうした日々は、なるほど、それなりの満足感や充実感を得られるに違いありません。しかし、それで、「いつ死んでもいい。自分の人生は成就した」と思えるほどの満足感に浸れるでしょうか。

60歳を越えると、あるいは定年を迎えると、残された人生の年数に限りがあることを実感するものです。そして、「自分の人生をどうにか成就させたい」と切実に感じるはずです。趣味やボランティア、仕事から得られる手応えは、30代、40代のときに感じていたそれとさほど変わりません。ゆえに、今みなさんが抱いている「人生を成就させたい」という切なる願いを満たすには、いささかもの足りないのではないかと思うのです。

では、人生を成就させるためにはどういう生き方をすればよいのでしょうか? 大変難しい問いではありますが、仏教を学ぶことが、一つの光明になるのではないかと私は考えています。

仏教は役に立たない。しかし、それがいい。

人生の残り時間に思いを馳せたとき、仏教を学びたいと考える人は少なくありません。なぜ、人は仏教を学びたいと考えるのでしょう。また、そこにはどのような効能があるのでしょうか。

仏教学者の故・鎌田茂雄先生は、以前、こんなことをおっしゃっていました。

「仏教をいくら学んでも、ぜんぜん役に立ちません。しかし、役に立たないものをやるというのが、またいいんです。今までは役に立つこと、生活のため、家庭のために、会社のために、あるいは自分のために一生懸命働いてきましたが、仏教は役に立たないからいいんです。何の役にも立たない。けれど、一つ大きな役に立ちます。仏教を学ぶことで、考え方を180度、変えることができます」

何とも含蓄に富んだ言葉だと思いませんか?

仏教とは、端的にいえば、「生と死を超える道」です。そのようの道を歩んだところで、何の効用も利益もないかもしれません。しかし、鎌田先生がおっしゃるように、「考え方を180度、変えることができます」。

次回以降、このコラムでは、私がこれまで見聞きしたエピソードをまじえながら、仏教の教えを紹介していきます。当コラムが、考え方を変え、真の充実感を得るためのささやかなヒントになれば幸いです。


jyushoku【著者略歴】
大洞龍明(おおほら たつあき)
1937年岐阜市に生まれる。名古屋大学大学院・大谷大学大学院博士課程で仏教を学ぶ。真宗大谷派宗務所企画室長、本願寺維持財団企画事業部長などを歴任。現在、光明寺住職、東京国際仏教塾塾長。著書に『親鸞思想の研究』(私家版)、『人生のゆくへ』(東京国際仏教塾刊)、『生と死を超える道』(三交出版)など。共著に『明治造営百年東本願寺』(本願寺維持財団刊)、『仏教は、心の革命』(ごま書房刊)がある。


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